■チンパンジーのベッドで寝てみたら
霊長類の中で系統的にヒトに最も近いといわれるチンパンジー。京都大学大学院理学研究科で霊長類の研究を始め、20年近く野生のチンパンジーを研究している長野県看護大学准教授の座馬耕一郎さん(46)は、タンザニアのマハレ山塊国立公園で研究中に野生のチンパンジーのベッドで偶然昼寝をした体験から、人間の休み方についても考えるようになった。
座馬さんによると、野生のチンパンジーはだいたい日の出ごろに起きて活動し、日の入り前後に寝るが、そのリズムは季節や天候によっても変わる。日中、食べたり、移動したりしている間、地べたに座ったり、横になったりして、休んでいるように見えることがある。だが、「疲れたから休んだのか、別の理由か、客観的には判断しづらい。チンパンジーの気持ち、目線に近づくのはなかなか難しいんですね」。
チンパンジーは、実は寝床づくりの達人だ。毎日移動しては木の上で枝を折り、曲げ、ちぎってベッドをつくる。その数は年に365個。中央部がへこんだ楕円形で長径は平均90センチ程度。腕を組んで上に頭を乗せたり、へりから足を出したりして寝る。ある時、座馬さんは研究のため、高さ5メートルほどの木の上の寝床に上った。ふと横になると、包み込まれる感じと絶妙な揺れ具合に誘われ、ついつい熟睡。「それまで寝たベッドの中で一番、気持ちがよかった」
■人類進化ベッドを開発
その後は、布団を丸めてみたり、組み合わせてみたりして、寝心地を再現しようと試行錯誤。ある会合で話すと、老舗寝具メーカーのイワタから声がかかり、環境デザイナーらとベッドを開発することになった。形や揺れ具合を再現した「人類進化ベッド」として昨年発売。最初のモデルは37万円と高額だったが、その年のうちに、製造した60台を完売した。
「ヒトの祖先も昔は木の上で寝ていて、その後、地上で寝るようになったと考えられる」と座馬さん。チンパンジーの休み方から人間はなにを学べるのか。「人間が『9時5時』で働く文化は、歴史的にみれば新しい。もっと自然のリズムを生かして働き、休む文化が出てきてもいい」。座馬さんは、一連の研究成果をまとめて、2016年に『チンパンジーは365日ベッドを作る 眠りの人類進化論』(ポプラ新書)を出版した。
記者も、東京・新宿にある「イワタ」の直営店で「人類進化ベッド」に横になってみた。大の字に両手両足を伸ばすと足が周縁からはみ出したのが、なんだか新鮮。「母親の胎内にいるみたいとお客さんから評判です」(イワタ営業部部長の伊藤剛丞さん)とは聞いていたが、盛り上がった周縁、中央部分がくぼんだ構造のベッドの中で体を丸めてみたところ、まさに包み込まれるような感じだった。寝返りを打ったときの揺れも絶妙で、「50年近く前、自分はこうして母親の胎内にいたのか」と想像を巡らした。